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大野圭一のブログ

建築のことと日々のことと、

久しぶりに映画を

映画館で映画を観るのはいつぶりでしょうか。

直近では「あん」かな。

今回は「この世界の片隅に」を観てきました。

幸せな時代、不幸な時代、幸せな世界、不幸な世界っていったい誰が決めるのでしょう。その時代、その世界に生きている人はひとりひとりそこで幸せを見つけ出そうとしているのに。誰もそんなこと決められないよなと。

不幸も幸せも自分の捉え方次第。日常の中のちょっとした幸せをしっかりかみ締めていこうと思ったのでした。良い映画でした。

 

余談。とにかく最近は涙腺がゆるんでいて、オープニングのコトリンゴでうるうる。。終わった後は目を腫らしたおじさんが電動アシストチャリでひとり帰路につくのでした。

 

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明けましておめでとうございます

年明け最初のブログですが、新年とは全然関係のない話。

ある晩、ひとりで風呂に入っていたときのこと、10代の頃に聴いていた歌謡曲が不意に頭の中を巡り始めたので、せっかくだからと声に出して歌ってみたところ、30年も前の曲なのに歌詞のほとんどを覚えていたことに自分でも驚いた。最近聴く曲は歌詞なんか覚えてもいないし、歌えてもせいぜいサビぐらいなものなのに。

なぜだろうと考えてみたけど、それは単純にどれだけ聴き込んだかによるのだろうなと。僕が10代のころは、お金もないし、インターネットなんかもなかったから、買ったCDやカセットをひたすら聴いていて、歌詞やメロディがもう体に染み付いてしまっていて、ある意味自分のものにできていた。でも最近はダウンロードした曲なんかは買ったことさえ忘れてるし、下手したら聴いたことさえ忘れてしまっている。なんか音楽との接し方変わっちゃったよな~、良くないよな~と。

 

さらにそんな思いは音楽から展開し、人との付き合い方もこれと同様のことが言えないかなと自問自答。最近はfacebookなどSNSによって、いろいろな人と繋がることができているけど、繋がったひとりひとりに対して、本当の意味でつながれているのだろうかと。さすがに限界はあるけど、そうやって繋がっている人とは極力直接会って、その人のことをちゃんと知ったり、感じたりしていきたいなあ、なんて思っていたらのぼせそうになったので風呂からあがりました。

 

以上、時々他愛もないことを考えています。

今年もよろしくお願いします。

 

 

建築コンクールにて

10月末に発表があったのですが、今年の神奈川建築コンクールにて、自邸(王禅寺東の家)が優秀賞を受賞致しました!事務所にとって処女作となるこの住宅作品がこのように公の場で評価されたことはとても励みになります。そして何より、この住宅を建てることを後押ししてくれた妻、そして妻の両親には改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います。

先月出席した授賞式では、雑誌やインターネットなどでよく見る建築家の方々もいらっしゃって、同じ場所にいる自分がなんだか気恥ずかしく、恐縮してしまいましたが、昨年お世話になったゼネコンの設計チームの方たちともうれしい再会ができ、思い出に残る一日となりました。

 

さて、このブログでは、完成したわが家の写真がいまだにアップできていませんでしたので、ここでいくつか公開したいと思います。撮影は太田拓実氏によるものです。僕の思い描いていた空気感を期待以上に表現していただきました。この作品を通じて、信頼できるフォトグラファーと出会えたことも大きな収穫でした。

当事務所のホームページではここにあがっていない写真も掲載していますので、ぜひご覧ください。

http://keiichi-ono.com/

 

 

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                              Photo Takumi Ota

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2度目の箱根

 振り返ればもう夏の話になりますが、ゴールデンウィークに続く今年二度目の箱根に行ってきました。新百合ヶ丘に越してきてからは箱根がとても身近に感じます。

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今回はMSEで。

 

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途中、小田原でかまぼこ作りの体験教室へ。楽しみにしていた息子でしたが、館内が寒くてお腹が痛いと言い出し、結局作ったのは親でした。。

 

 

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今回の旅の目的のひとつ、村野藤吾建築「箱根芦ノ湖プリンス」へ。荘厳なインテリアの中にもラウンジチェアのかわいい造形がこの空間に居心地の良さを与えているのかもしれません。息子はここに置かれている電子ピアノの自動演奏を不思議な顔をして眺めていました。

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朝はここで気持ち良さそうに新聞を読む宿泊客が。

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前回の箱根旅行で、芦ノ湖で乗った遊覧船から見えたこの外観に魅かれて今回の宿泊先は即決。この有機的な建物はなかなか見られません。有機的な人工物と自然との関係。似て非なるもの。肯定とも否定ともとれない複雑な思いが頭の中を駆け巡ります。

 

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静かな湖畔。

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最後はロープウェーで大涌谷へ。模型のように見える俯瞰図に萌えました。

 

箱根、また来年。

 

 

 

 

 

 

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地域のイベントにて

 先月のとある週末、近所の公園で催されたプレイパークというイベントのお手伝いに行ってきました。

普段は遊具があるだけのごく普通の公園を、毎年1回、自治会有志のおじいさんたちが特別な遊び場に変えて、近所の子供たちに楽しんでもらうというイベントです。

その遊具全てが手作りのもので、ハンモックや、綱渡り、すべり台にひたすら水を流し続けるウォータースライダー、公園内の林の木の枝に、長いロープをくくりつけたかなりデンジャラスなブランコ、そして工作コーナー。総じて遊園地のようなクオリティはありませんが、なんだかとても温かみのある遊び場に見えて、そして何より子供たちが本当に楽しそうに遊んでいる姿をみて僕は感動しました。

もう10年以上続いているイベントということですが、子供たちに将来のため有意義な体験をしてもらいたいという思いを持った一人のおじいさんの呼びかけから始まったと聞きました。

自分の孫だけではなくて、地域の子供たちの将来に目を向けて活動されているこの方には本当に頭が下がる思いです。当初始めたころからは皆さん年齢も重ね、新しい有志の参加もなく、今後の存続が危惧されているそうです。

自分はまだこの街にきて1年経っていませんが、ここまで続けてこられた有志の方々への感謝と尊敬の気持ちをもって、プレイパークの活動には今後も参加していこうと思います。

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箱根へ

ゴールデンウィークに遡りますが、家族で箱根に行ってきました。

泊まった宿は、塔之沢にある「環翠楼」。建物は大正時代に建てられ、築100年とあって、その佇まいは、荘厳、厳格と言うよりは、むしろ周囲の自然環境の一部として溶け込み、建物自体の存在感が良い意味で薄くなっていると感じました。こればかりは、時間だけがなせる業で、新築の建物では太刀打ちできません。

人間でも、様々な苦難を乗り越えてきた人生経験豊富な人は、外見からもそのオーラのようなものが漂うように、建物もまた、地震、風雨など、無常の自然環境の中で生きながらえてきた年月は、その佇まいに現れるものだということを、この建物を体験して強く実感させられます。

僕は佇まいという言葉が好きです。視覚的な表層とは違って、周囲と一体となって醸し出される空気みたいなもの。建築にも魅力的な佇まいを求めていきたいものです。

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下の2枚の写真は旅の終盤に立ち寄った箱根写真美術館のカフェ。ケーブルカーの窓から偶然見つけて、線路沿いを一駅歩き、路地を入っていくと、そこには時間の止まった淀みのような場所が。短い旅でしたが、最後にうれしい発見がありました。

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3歳の建築家

家具のスタディ模型でしたが、僕が部屋を離れた隙に息子がこんな建物を作っていました。

1/20の模型でしたが、スケールを1/100に転換してみると、突如高層タワーの様相を帯びてきます。そんなことを息子は意図しているはずもありませんが、偶然できてしまっていることにむしろ魅力を感じます。

建物は当然の事ながら、人間のスケールを前提に考えられます。天井の高さ、部屋の広さ、廊下の幅などなど。だけど、偶然に出来上がった物体や空間に、人間がそこに寄り添って建物としての命を吹き込むという関係も面白いのではないかなあと思っています。

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